ルーブルの名を冠したミュージアムが誕生したのは、もちろん、フランス国外ではアブダビが初めてです。それは2007年にアブダビ政府とフランスの間で結ばれた文化協定に基づいて建設が進み、2017年11月11日に開館しました。この協定には、「30年と6か月の間、ルーブルの名を使用できる」という条項が含まれています。しかし、その名がついているからといって、ルーブル・アブダビが本家・ルーブルの分館やコピー、または「支店」のような存在ではないことに注意すべきでしょう。それは、訪れたことのある人ならすぐ気付くことですが、ルーブルや、その他フランスの著名な美術館群からは独立した、アラブ世界初の「ユニバーサル」なミュージアムなのです。

 しかし、ミュージアムがユニバーサル(普遍的)であるとは一体どういうことでしょうか。通常、ミュージアムとは特別であること、特徴的、個性的であることを売り物にするものです。エジプト博物館に行ってツタンカーメンのマスクが見られなかったら、あなたはがっかりすることでしょう。

 この概念は、ルーブル・アブダビの設立の当初からの基本構想であるようです。公式カタログではその意味を詳しく解説しています。科学ディレクターのシャルニエールは、カリブの詩人エドゥアール・グリッサンの言葉を引用して、ユニバーサリティとは「特徴・個性の昇華に他ならない」と述べています。このミュージアムがテーマとしている「ユニバーサリティ(普遍性)」とは、多様性が一貫性、均質性を求めてひとつになること、人類が共通に持っている価値のことだというのです。それは実際に展示物と対面したとき、おそらく多くの人が気づくことでしょう。

 このミュージアムを代表する小品に、「ウールの衣装をまとった女性像」(バクトリア、BC2300~1700)があります。その繊細で素朴な美しさは、時の流れを止めています。この写真を友人何人かに見てもらったところ、皆、口をそろえて「現代の作品かと思った」、「世界のどこで作られたものとしても不思議ではない」との感想をもらいました。私は、この作品で初めて、中央アジアにバクトリアという古代文明領域が存在したことを知ったのですが、展示物の多くが、アフリカや中南米の決して著名ではない王朝や部族の宝物で占められていることに間もなく気がつきました。三大陸の全く異なる文明に属する作品が並べて展示されることで、このミュージアムが主張する人類文明の「普遍性」をより直接的に感じることができます。そこには、不思議なハーモニーが醸成されているのです。白を基調とした展示室の中に一歩入ると、世界の地理的な広がりと時間的な隔たりが消え、人類の文明・文化が共通に追求して止まなかった共通の美意識を感じとることができるのです。

 ◆美術館か、博物館か 

 ルーブル・アブダビは、「ミュージアム」ですが、その正式名称には「ミュージアム」すら付いていません。パリの本家は、日本語ではルーブル美術館ですね。フランス語の「ミュゼ」(ミュージアム)は、美術館と訳されます。他方、ユニバーサルなミュージアムとして、私が似ているなと感じたのは、ルーブルではなく、大英博物館(ブリティッシュ・ミュージアム)の方でした。ええ、大英博物館の展示を可愛らしく、エレガントにしたのがルーブル・アブダビ、というような印象も受けるのです。では、ルーブル・アブダビは「博物館」なのでしょうか?

 この議論は、そもそもミュージアムという単語を訳し分ける必要がないのに分けてしまった日本語の昔の造語過程に問題があるのであって、不毛でしょう。しかし、ルーブル・アブダビとはどんなところ?というこの小稿を締めくくるにあたって私の印象を言えば、それは両方の性格を備えている、と思います。つまり、博物館学的、考古学的な関心を以って訪問すれば、十分満足を得られるし、他方、展示物全てを美術作品と考えて訪問する人の期待もまた裏切られない、その美術愛好家の感性も十分満たされる、と思うのです。そして書き忘れてはならないことは、そこにはルーブル美術館やオルセー、ヴェルサイユ宮殿美術館などから貸し出しを受けたホンモノが多く配置されている、ということです。